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相撲力士情報 
一山本

一山本

力士名
一山本 大生(いちやまもと だいき)
所属部屋
二所ノ関部屋
本名
山本 大生
しこ名履歴
一山本
番付
東前頭十五枚目
生年月日
1993/10/01
出身地
北海道岩内郡岩内町
身長
187.0 cm
体重
145.0 kg
得意技
突き・押し

その他の情報

北海道岩内郡岩内町出身で、二所ノ関部屋所属の現役大相撲力士。本名は山本 大生(やまもと だいき)。身長187cm、体重145kg、血液型はB型。最高位は東前頭15枚目(2021年9月場所)。

3人きょうだいの末っ子として生まれ、母親の勧めで岩内町立岩内東小学校2年次から相撲を始めた。他の競技にも取り組もうとしたが長続きせず、母からも「シューズを買うのでお金がかかる。相撲はまわし一本あればできる」と説得されたことからも、岩内町立岩内第一中学校進学後も相撲を続けたが、全国中学校相撲選手権大会の北海道予選で矢後太規(のちの幕内・矢後、尾車部屋)に敗れて全国大会進出を逃したため、相撲を続けることを決意した

高校は兄の後を追って大野農業高校へ進学し、高校総体で32強という成績を残した。同校は夏に中央大学と合同合宿を行っていた関係で同大学から勧誘を受けたため、高校卒業後は中央大学商学部商業・貿易学科に進学。4年次に全国学生相撲選手権大会で個人16強となった。だが、当時は、学生時代に目立った実績が無いという理由から自信が持てなかったため、大相撲入りは検討しなかった。大学卒業後は北海道福島町役場に就職した。公務員になったことは小学校の卒業文集に書いた夢が叶った形でもある。また、町役場に職員として勤務する傍らで、横綱千代の山・千代の富士記念館でコーチとして相撲の指導をしていた

2016年の国体では個人16強入りとしたが、この成績が不本意なものであったことや、中央大学相撲部OB会長(当時)の元幕下・神光から大相撲へ誘われたことなどから、大相撲への熱意が再燃した。当時既に23歳と新弟子検査の年齢制限に抵触していたため、本来なら入門が認められないところだが、同年9月に日本相撲協会が、23歳未満という新弟子検査受検の年齢規定に対し、幕下および三段目付出資格基準を満たさなくても、相撲など各競技で実績があると理事会が承認すれば25歳未満まで受検対象に含めることを決定していたため、23歳2ヶ月で新弟子検査を受検することが認められた。一山本は、この制度の適用第1号である。なお、大相撲入門に伴い、町役場は退職した。入門に際して公務員の地位を捨てることに対して母が猛反対していたが、4歳年上の兄の説得によって入門が実現した

二所ノ関部屋(大関・若嶋津)に入門して2017年1月場所で初土俵を踏んだ。初土俵時から名乗る四股名「一山本」は、9画が縁起が良いと大相撲に勧誘した神光が考えて命名したことによる。初めて番付に名前が載った翌3月場所は、7戦全勝で序ノ口優勝とした。序二段と三段目は6勝1敗としてともに1場所で通過し、同年9月場所で幕下に昇進した。新幕下の場所を6勝1敗で勝ち越して以降も勝ち越しを続け、2018年7月場所では十両目前の東幕下3枚目まで番付を上げたが、3勝4敗で初めての負け越しとなった。その後は一度幕下中位まで番付を下げた後に再度番付を上げ、2019年5月場所で再び東幕下3枚目まで番付を上げると、今度は5勝2敗と勝ち越して十両昇進の有力候補になった。場所後の番付編成会議により、翌7月場所での新十両昇進が決定し、年齢制限緩和制度の適用者として初の関取になった。四股名については変えない意向を示している

新十両となった2019年7月場所と、翌9月場所は9勝6敗で2場所連続で勝ち越した。しかし十両3場所目となった同年11月場所は、初日の取組で左膝を痛めて2日目から自身初めての休場になった。当初提出された診断書には「左膝関節捻挫」と記載されていたが実際には半月板を損傷しており、同場所を最後まで休場しただけでなく、次の2020年1月場所も出場することができなかった。この休場期間中は食べる量を増やして体重の増量を行い、全休した1月場所前から稽古場にも下りて復帰に向けた調整を続けていた。西幕下45枚目に番付を下げた同年3月場所から土俵に復帰し、その場所は5勝2敗の成績で勝ち越した。復帰2場所目の翌7月場所では、元より得意の押し相撲だけでなく、新たに習得した右四つ左上手の形で2番勝つなどして5勝2敗で勝ち越した。その後も勝ち越しを続け、西幕下3枚目で4勝3敗とした2021年1月場所後の番付編成会議で、翌3月場所での7場所ぶりの十両復帰が決定した

 

ウィキペディア(Wikipedia)より

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