相撲部屋情報 
荒汐部屋

荒汐部屋

部屋名
荒汐部屋
師匠
荒汐栄吉 (あらしお)
しこ名
前頭二枚目 蒼国来 (そうこくらい)
所属力士数
15 名
主要力士

若隆景

若元春

公式ページ
http://arashio.net/

住所

日本、東京都中央区日本橋浜町2−47−2

その他の情報

荒汐の年寄名跡は雷部屋の殿り政五郎が継承し、大正時代から5代荒汐として荒汐部屋を運営していたが、1943年1月場所後に5代荒汐は荒汐部屋を閉鎖して双葉山道場に弟子を譲った。当時の弟子には十両・常陸海(のちに入幕)や、幕下以下には後の小結・潮錦や十両・豊ノ花などがいた。豊ノ花は引退後6代荒汐を襲名したが部屋の復興はせず、時津風部屋の部屋付き親方として過ごし、名跡は同部屋の小結・大豊に譲られた。

大豊は1987年(昭和62年)1月場所限りで引退し、8代荒汐を襲名、その後は時津風部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっていたが、2002年(平成14年)6月1日付で時津風部屋から分家独立して荒汐部屋を創設した。

一時期は弟子が1人となり部屋存続の危機を迎えたが、中国・内モンゴル自治区から蒼国来をスカウトし、また8代荒汐夫人がウェブサイトを通して部屋の飾らない日常を報じてアピールに努めたことにより弟子の人数が増加して、現在では12人の力士が在籍している。実際に弟子の過半数が荒汐部屋の公式ウェブサイトを見て入門を決めており、入門者不足に悩む角界におけるスカウトの成功例としてマスコミにも取り上げられて注目されている。

2010年1月場所において蒼国来が新十両へ昇進し、創設から7年半にして部屋史上初となる関取が誕生したものの、2011年に発覚した大相撲八百長問題において蒼国来が八百長に関与したとされて、同年4月11日に日本相撲協会から蒼国来が解雇処分を受け、師匠である8代荒汐も監督責任として委員から主任への降格処分を受けた。

しかし、蒼国来は同年4月22日に幕内力士としての地位保全などを求める仮処分申請を東京地方裁判所にて行った後、同年6月17日には日本相撲協会に対して幕内力士としての地位確認を求める訴訟を東京地方裁判所に起こし、同年6月28日には荒汐部屋関係者が日本相撲協会に対して蒼国来の幕内力士としての地位確認などを求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。その後、2年近くにわたる裁判の結果、2013年3月25日に東京地裁は蒼国来の解雇を不当とする判決を出し、同年4月3日に日本相撲協会が控訴を断念したことで蒼国来の勝訴が確定したことにより、同年7月場所から蒼国来が幕内力士として復帰することが決定し、同時に8代荒汐の降格処分も取り消された。

なお、荒汐部屋はこの蒼国来の地位確認訴訟に関する記録を『蒼国来の二年の闘い – 全記録 : 平成二三年四月十一日 – 二五年四月三日』と題した資料として編纂し、2013年4月に国立国会図書館へ寄贈している。 2018年5月場所には2人目の関取となる若隆景が新十両に昇進し、さらに2019年3月場所では兄の若元春が新十両昇進を果たした。

2020年3月26日付で、蒼国来が現役を引退して9代荒汐を襲名し、荒汐部屋を継承することが承認された。なお、8代荒汐は同日付で相撲協会を退職した。同月28日に日本相撲協会の停年(定年)退職を迎える予定だったが、その2日前に退職することになった

 

ウィキペディア(Wikipedia)より

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