相撲部屋情報 
立浪部屋

立浪部屋

部屋名
立浪部屋
師匠
立浪 耐治 (たつなみ)
しこ名
小結 旭豊 (あさひゆたか)
所属力士数
17 名
主要力士

豊昇龍

明生

公式ページ
http://www.tatsunami.jp/

住所

東京都台東区橋場1-16-5

その他の情報

1915年に春日山部屋に所属する元小結・緑嶌が現役を引退して年寄・4代立浪を襲名し、同時に春日山部屋から分家独立して東京府東京市本所区(現・東京都墨田区両国)に立浪部屋を創設した。4代立浪は横綱・双葉山と羽黒山に大関・名寄岩という「立浪三羽烏」と称された3人を筆頭に数多くの関取を育て上げ、一代で立浪部屋を相撲界を代表する大部屋へと成長させた。また、別系統だった高島部屋も、一門として迎え入れ、立浪一門を形成した(ただし、系統別総当たり制の時代にも、立浪と高島との間の対戦はあった)。

1952年12月に4代立浪は逝去し、それに伴い、4代立浪の娘婿である横綱・羽黒山が二枚鑑札で5代立浪を襲名して立浪部屋を継承した。5代立浪は1953年9月場所にて引退してからは年寄専任となり、先代からの弟子である大関・若羽黒に関脇・羽黒山、北の洋、時津山という当時「立浪四天王」と称された4人を筆頭として数多くの関取を育て上げた。1965年1月には8代追手風(元大関・清水川)の定年退職により閉鎖された追手風部屋から所属力士を引き取った。伊勢ヶ濱一門と協力し、〈立浪・伊勢ヶ濱連合〉を形成していた。

1969年10月に5代立浪が逝去し、それに伴い、5代立浪の娘婿である9代追手風(元関脇・羽黒山)が6代立浪を襲名して立浪部屋を継承した。6代立浪は先代からの弟子である大関・旭國や関脇・黒姫山のほか、自身の直弟子からは双羽黒を横綱にまで育てたものの、1987年12月に双羽黒が6代立浪との対立から廃業し、その後は徐々に部屋の勢力が衰退していった。平成時代に入ってからは日本大学相撲部出身者を多く迎え入れており、その中から小結・智ノ花や大翔鳳などといった関取を輩出している。

1999年2月に6代立浪は定年退職を迎えたため、6代立浪の娘婿で同年1月場所中に現役を引退して立浪部屋の部屋付き親方となっていた準年寄・旭豊(元小結・旭豊)(旭國の元弟子)が年寄・7代立浪を襲名して立浪部屋を継承した。この際に、立浪部屋の部屋付き親方である12代武隈(元関脇・黒姫山)は立浪部屋に入門していた自身の息子2人を連れて立浪部屋から分家独立して武隈部屋を創設した。

しかし、ほどなくして7代立浪は部屋経営や指導方針の意見の違いから6代立浪と対立するようになり、自身の妻とも別居状態に陥った。2000年8月に6代立浪夫婦は東京家庭裁判所に家事調停の申立てを行い、7代立浪に対して娘(7代立浪の妻)との離縁および年寄名跡・立浪の襲名継承金の支払いと立浪部屋の建物の返還を要求したものの、調停は成立しなかった。

その後、2001年に6代立浪は7代立浪に対して立浪部屋の返還と年寄名跡の襲名継承金1億7500万円の支払いを求める民事訴訟を東京地方裁判所に起こした。2003年2月に出された1審判決では6代立浪側が勝訴したものの、2004年1月に東京高等裁判所にて出された控訴審判決では1審判決を破棄して6代立浪の請求を棄却し、さらに同年7月には最高裁判所にて6代立浪の上告を退ける判決が出されたことにより、裁判は7代立浪側が勝訴している。

2003年8月には元横綱・双羽黒の北尾光司を部屋のアドバイザーに迎えた。

2006年1月場所にモンゴル出身の猛虎浪が新十両へ昇進し、7代立浪が部屋を継承してからは初となる関取が誕生した。2007年8月には部屋を東京都墨田区両国から茨城県つくばみらい市陽光台へ移転した。

2012年1月に行われた日本相撲協会理事選挙において、7代立浪は2010年1月に二所ノ関一門を離脱してから「貴乃花グループ」を形成して活動する貴乃花親方(元横綱・貴乃花)に投票したことを表明し、同年5月に立浪部屋はそれまで所属していた立浪一門から離脱した。その後は貴乃花グループに合流して、一門での合同稽古を行うなどの活動を行っていたが、2018年5月に離脱を表明。同年9月18日、出羽海一門の会合に出席して加入を要請し、承認された。

なお、2018年現在までに立浪部屋からは中川部屋(8代中川時代:1937年5月 – 1947年6月、9代中川時代:1960年5月 – 1973年3月)・時津風部屋(双葉山相撲道場)・春日山部屋(15代・16代春日山時代、1955年5月 – 1990年7月)・大島部屋(2代大島時代:1980年1月 – 2012年4月)・武隈部屋(12代武隈時代:1999年2月 – 2004年3月)が分家独立している。

2021年4月4日に、同年2月まで常盤山部屋として使われていた台東区橋場の建物を改装し、同年五月場所後に移転する予定であることが報道された。移転の理由については、東京場所での両国国技館への移動の負担を軽減することであることが示唆されている。10月まで21代千賀ノ浦が居住し、11月には完全譲渡になるという。

ウィキペディア(Wikipedia)より

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