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東京都江戸川区出身で、追手風部屋所属の現役大相撲力士。本名は岩﨑 正也(いわさき まさや)。身長175cm、体重134kg、血液型はA型。最高位は東小結(2022年11月場所)。
幕内・英乃海(本名:岩﨑 拓也)の実の弟である。兄の拓也は正也が生まれた時の思い出はなく、いつの間にか正也がいたと語っている。幼少期は猿のように飛んだり跳ねたりする落ち着きのない子供であった。相撲を始めたのは、江戸川区立上一色小学校1年生だった頃に兄が通っていた地元の相撲道場(小松竜道場)へついて行ったことがきっかけであった。兄が小松竜道場から葛飾白鳥相撲教室へ移籍した際には、自身も同行して一緒に移籍した。この頃は相撲以外にもサッカーや水泳、野球に親しみ、将来はプロ野球選手になることを志していた。しかし、葛飾区立大道中学校へ進学すると相撲と野球の両立ができなくなったため、野球を諦めて相撲一筋となった。野球を諦めたのは、道場の稽古が厳しくて「野球に専念したい」とは言い切れなかった末の結果であった。中学校3年次に出場した全国中学校相撲選手権大会で団体優勝したことにより団体戦の楽しさに目覚め、高校は埼玉県の埼玉栄高校へ進学した。高校の同期には北勝富士がいる。2年次には全国高等学校総合体育大会相撲競技大会の団体優勝に貢献するなどの活躍を見せたが、3年次の同大会では団体優勝をできなかった。埼玉栄高校で活躍していた岩﨑は当時の同年代の高校相撲選手の憧れであり、宇良は2021年9月場所中日に岩﨑との幕内初顔対決を制した際に「自分は高校の時、全国大会とか出られる身じゃなかったんで、ずっと翔猿関の活躍を見ていて…。体も大きくないのに、すごいなと思って見ていました。その時のことを思うと、この土俵で戦えたことは勝ち負け関係なくうれしかったですね」と振り返った。
高校生時代には将来の進路として保育士を志したこともあったが、相撲の道を選んで日本大学経済学部経済学科に進学し相撲部に入った。やはり中学で野球を諦めた時と同様に本心を言い切れなかったため、保育士の夢を諦めることとなってしまった。大学の同期には大奄美(本名:坂元 元規)がおり、1年次に出場した東日本学生相撲新人選手権大会では、坂元と決勝戦で対決して敗れて準優勝となった。同じ年の東日本学生相撲個人体重別選手権大会100キロ未満級で初タイトルを獲得し、2年次には全日本相撲選手権大会で16強入りなど、実績を積み上げた。3年生でレギュラーの座を掴むと東日本学生相撲選手権大会で団体優勝するなど、団体戦のタイトルも獲得したが、右足首を骨折して1年間相撲が取れなくなる。4年次には相撲部の副将となって団体戦レギュラーの座にも復帰したが、満足できる実績は残せなかったことで、大相撲入りを決意した。
大相撲入りにあたっては、既に兄の英乃海は木瀬部屋に入門して十両まで上がっていたが、「兄と同じだと甘えが出る」と敢えて兄とは別の部屋を選び、大学相撲部の2年先輩である遠藤が所属する追手風部屋(元前頭・大翔山)へ入門し、2015年1月場所で初土俵を踏んだ。
この場所の前相撲は、同期生で立命館大学出身の大元と十両経験者の飛翔富士に敗れて3勝2敗だった。同年3月場所で序ノ口に上がると、4場所連続の6勝1敗で11月場所には早くも幕下へ昇進した。幕下昇進後も負け越し知らずで番付を上げて、2016年11月場所では関取目前の東幕下3枚目まで上がったが、2勝1敗から4連敗を喫して自身初の負け越しに終わった。2017年4月12日の春巡業横須賀場所では安美錦に稽古づけられる場面が伝えられた。同年5月場所では西幕下2枚目で6勝1敗の好成績を残し、7番相撲で敗れたため幕下優勝は逃したが、場所後の番付編成会議で7月場所での新十両昇進が決定し、昇進に合わせて「翔猿」へと改名する予定であることが発表された。これにより、兄の英乃海とともに史上18組目の兄弟関取となる。
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