相撲部屋情報 
友綱部屋

友綱部屋

部屋名
友綱部屋
師匠
友綱 勝 (ともづな)
しこ名
関脇 旭天鵬 (きょくてんほう)
所属力士数
12 名

住所

日本、〒130-0002 東京都墨田区業平3丁目1−9

その他の情報

友綱部屋の前身である高嶋部屋の実質上の初代は、若松部屋を飛び出し独力で部屋を築いた8代高嶋(元幕内・八甲山)である。8代は関脇・輝昇や小結・巴潟などといった関取を育てた。

巴潟は7代友綱の養女と結婚し、友綱部屋の後継者として目され、現役時代から友綱部屋に移籍した。

1951年(昭和26年)1月に8代高島が死去した時には所属力士の吉葉山は大関に、三根山は関脇に昇進していた。

8代高島の死後、1940年の引退後独立して玉垣部屋をおこし、名跡を変更して初代安治川を襲名して安治川部屋を経営していた巴潟が9代高嶋を襲名、安治川部屋と合併する形で高嶋部屋を継承した。

その後、吉葉山が横綱へ、三根山が大関へ昇進した。吉葉山は1958年に引退、三根山は1960年に引退し、それぞれ独立し、それぞれの部屋に移籍するものも多かった。

その後、1961年1月に巴潟の岳父である7代友綱が定年退職を迎えると、同年5月に名跡変更して8代友綱を襲名し、同時に部屋名を高嶋部屋から改称する形で友綱部屋を再興した。高島の名跡は三根山が継ぎ、高島部屋の看板を掲げた。

1976年3月に8代は停年し、それに伴い、夫人の妹と結婚した2代安治川(元十両・一錦)が9代友綱を襲名して部屋を継承した。9代は先代からの弟子である関脇・魁輝などといった関取を育て上げた。

1989年5月に9代は停年を迎えたため、それに伴い、その娘婿で部屋付き親方である12代高島(元関脇・魁輝)が10代友綱を襲名して部屋を継承した。10代は大関・魁皇や関脇・魁聖などといった関取を育て上げた。

1997年8月には立浪部屋から10代追手風(元幕内・追風山)と12代中川(元幕内・大翔山)が移籍してきたが、2人は1998年2月に互いの年寄名跡を交換した後、同年10月に追風海ら内弟子2人を連れて分家独立する形で追手風部屋を再興している。

2004年3月場所後には所属力士不在のために閉鎖された武隈部屋から12代武隈(元関脇・黒姫山)を受け入れた。

2005年4月には立浪部屋から11代浅香山(元小結・智乃花)が移籍してきた。

2012年4月には師匠の定年退職によって閉鎖された大島部屋から旭天鵬をはじめとする力士・行司らを引き取った。

2014年2月には部屋付き親方である15代浅香山(元大関・魁皇)が内弟子2人を連れて分家独立して浅香山部屋を創設した。

2017年6月12日に10代は停年を迎えるため、前日の6月11日に部屋付きの4代大島(元関脇・旭天鵬)と年寄名跡を交換し、4代大島が11代友綱を襲名して部屋を継承した。

旭天鵬が友綱部屋を継承することにより外国出身力士では4人目、モンゴル出身力士では初の部屋師匠となった。また10代友綱は5代大島となり停年後の再雇用制度を利用し友綱部屋の部屋付きとなった。

10代友綱時代は10代の四股名に因んで所属力士の大半が「魁」で始まる四股名を名乗る力士が多かったが、旭天鵬・旭秀鵬をはじめとする旧大島部屋から友綱部屋に移籍した力士は全員、旧大島部屋在籍時の四股名をそのまま名乗り続けている。

11代友綱時代になると11代の四股名に因んで「旭」で始まる四股名を名乗る力士が増えている。

 

ウィキペディア(Wikipedia)より

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