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名前の「泰輝」は、父親によれば当初は「大輝」と名付ける予定だったが、画数の関係で選ばれた。
小学1年の7歳から津幡町少年相撲教室で相撲を始める。小学4年のときには交通事故に遭い乗っていた自転車が全壊するほどだったが、本人は傷口を数針縫った程度でピンピンしており、翌日にはいつも通り出かけていた。小学6年次のわんぱく相撲全国大会ではベスト8をかけた5回戦で村尾三四郎と対戦して敗れている。穴水町出身の三輪隼斗(2024年時点でソディック所属の実業団力士)の姿をテレビで見てから、中学相撲留学を志した。
糸魚川市立能生中学校に相撲留学。相撲どころの石川県を離れることで、周囲の多くの人に「裏切り者」と言われ、父親も少年相撲教室での指導に支障が出るほどだった。本人も後に「オレたち親子は、本当につらかった」と涙ながらに友人に心情を打ち明けている。
新潟県立海洋高等学校を経て日本体育大学に進学。
大学1年次の2019年、10月に第74回国民体育大会相撲競技青年の部個人戦優勝、11月に第97回全国学生相撲選手権大会で学生横綱となる。
大学3年次の2021年12月、第70回全日本相撲選手権(両国国技館)の決勝で近畿大学の神崎大河を寄り切って優勝してアマチュア横綱となる。
大学4年次2022年、7月に第11回ワールドゲームズ無差別級で金メダル、重量級で銀メダル、10月に第77回国民体育大会相撲競技成年の部個人戦で2019年の前回大会に続いて2連覇、前年のアマチュア横綱と合わせて大相撲の幕下10枚目格付出資格取得、11月に第100回全国学生相撲選手権大会個人戦準優勝、12月に第71回全日本相撲選手権決勝で日体大職員の松園大成をはたき込んで優勝してアマチュア横綱2連覇を果たした。
2023年に入ると大相撲入りの意思を表明して3月に二所ノ関部屋に入門が決まる。3月30日の日本相撲協会理事会で幕下10枚目格付出で入門が承認された。なおこの幕下10枚目格付出は2023年9月場所後の理事会で廃止された(それ以降は幕下付出は最下位格のみに変更)ため、幕下10枚目格付出で初土俵を踏んだ最後の力士となった。
2023年4月6日に母校の海洋高校で入門記者会見を行い、四股名は大正時代の大関の大ノ里萬助が由来で、師匠の二所ノ関親方が出世したときに案に上がった、「大の里」となることが発表された。中村本人は二所ノ関部屋を選んだ理由として、部屋の所在地が茨城県阿見町であり誘惑や娯楽の無い環境で相撲に集中できることを挙げている。師匠の二所ノ関は、スピード出世にかかわらず、大相撲の十両以上で年90番取れる体を作ることに主眼を置くコメントをしている。
デビュー場所の2023年5月場所では初日、大学の先輩である石崎(後の朝紅龍)に敗れるが、その後6連勝して6勝1敗で終えた。
2023年7月場所では、東幕下3枚目で4勝3敗と勝ち越し新十両を濃厚とした。7番相撲を控えていた際に父から激励のメッセージを受けており、これに応えた形となった。7月26日に開かれた番付編成会議で、9月場所の新十両昇進が正式に発表された。同じ二所ノ関部屋の高橋(後の白熊)と同時の新十両昇進となり、同部屋から同時に新十両への昇進を果たすのは2012年9月場所での阿武松部屋(慶天海と丹蔵)以来のこととなった。
新十両会見で大の里は、「チヤホヤされるかもしれないけど、まだ新弟子。常に『おかげさま』の気持ちでやっていきたいです」と述べ、高校時代の監督の妻に出世した時に購入すると約束した牛1頭の調達をいつか実現したいと語った。「誰からも愛される関取になりたいですし、小さい子に憧れを持たれるような力士になりたいです」とも話した。 相撲教習所は関取特権を行使せずに卒業まで通所する意向を示した。7月場所後に「伯桜鵬関は別格の存在。耳には入りますけど、自分は我が道をいく。最終的にどこにいくかが重要ですから。ざんばら髪での出世も考えてないですね」と史上初の関取として相撲教習所に入所した先輩について語っている。
8月26日の夏巡業金沢場所で大の里は、当初髙安に胸を出してもらう予定であったが、現役大関の貴景勝が胸を出し、7分間のぶつかり稽古が行われた。
2023年9月場所で2016年5月場所の佐藤(後の貴景勝)以来の7人目となる新十両力士のストレート勝ち越しを決めた。翌9日目も勝利し、2008年11月場所の翔天狼以来の3人目となる新十両力士の初日から9連勝を決めた。11月場所前の11月5日に福岡市東区の佐渡ケ嶽部屋の九州場所稽古場で二所ノ関一門連合稽古が行われた際は、関取衆最多となる21番の稽古を行った。11月場所では13日目に10勝目を挙げ、2場所連続2桁勝利を確定させるとともに、この時点で新入幕の可能性が高まったと報じられた。優勝決定戦では12勝3敗同士で琴勝峰と対戦し、上手投げに敗れた。決定戦後に琴勝峰は「まだまだ、ざんばら。年齢は近いですけど、入ってきたばかりで、負けたくなかったです」とコメントしている。
2024年1月場所番付発表で正式に新入幕が決定した。12日目には横綱・照ノ富士と対戦となったが、新入幕で横綱と対戦したのは史上10人目。初土俵から5場所目での初金星となれば、2014年9月場所の逸ノ城と並ぶ最速記録だったが、両廻しを掴まれての上手投げに敗れ、史上最速タイの金星は実現しなかった。この場所は11勝4敗で終えて敢闘賞を受賞。この場所の平幕との取組での黒星は1個だけであり、NHK大相撲解説者の舞の海はその点に触れつつ「もう幕内上位の力はあります」と評した。
3月場所は自己最高位西前頭5枚目まで更新。この場所は優勝争いに絡む活躍を見せたが、1敗の状態で10日目に全勝の尊富士に敗れた段階で2差となり、12日目には尊富士と大の里自身が共に敗れたため2差は変わらず、14日目には大の里自身が勝利して尊富士が敗れたため1差となったものの、最終的には千秋楽に尊富士に優勝を決められ、その日の自身の取組も豊昇龍に敗れたため、11勝4敗で場所を終えた。それでも大きな活躍を評価されたことで、敢闘賞と技能賞を同時に受賞した。
5月場所では最高位を西小結に更新。新三役会見では20歳未満の部屋の力士と飲酒した騒動を謝罪した。また師匠は「13勝2敗くらいで優勝争いできるような力が、上位で今後は大事になってくる」と期待を寄せた。この場所初日の照ノ富士戦では掬い投げにより勝利し、横綱戦初白星を獲得。両親と妹がこの一番を観戦しており、「勝ちを目に焼き付けてくれたと思う」と両親と妹に白星を捧げる形となった。3月場所は平幕だが、活躍を鑑みて翌7月場所が大関取りになる可能性も取り沙汰された。千秋楽では阿炎を破り12勝目を挙げ初優勝、併せて初の殊勲賞、2回目の技能賞の両賞の受賞。初土俵から7場所目の優勝は、幕下付け出しでは第54代横綱・輪島の15場所を大きく塗り替える史上最速優勝。新入幕から3場所連続三賞は千代天山以来25年ぶり、2桁勝利では史上初という数多くの快挙を成し遂げた。ただし、高田川審判部長(元関脇・安芸乃島)は、大関取りの起点は三役でないといけないという理由から、7月場所での大関取りには言及しなかった。尊富士に続く、大銀杏も結えないほどの若手の幕内優勝(が場所中から既に濃厚であった)とあって、現職親方・角界OBが口を揃えて「番付の意味がなくなっている(なくなる)」と現状を嘆いていた。6月2日、金沢市内で自身の祝賀会が開かれた。祝賀会は2024年2月に開催される予定であったが、能登半島地震の影響により延期されている間に大の里が三役に昇進したため、「幕内昇進祝賀会」から「三役昇進祝賀会」に変更された。
7月場所は千秋楽に隆の勝に敗れて連続2桁勝利が止まったが、照ノ富士と貴景勝を破ったことにより三賞委員会の出席者20人による満票で2度目の殊勲賞を獲得した。新入幕から4場所連続での三賞受賞は史上初。夏巡業中には「9月場所で12勝以上を挙げれば大関昇進目安『三役で直近3場所33勝』に届く」と大関取りの可能性について言及された。しかし9月場所前の横綱審議委員会による稽古総見では積極性を欠く姿勢に境川巡業部長(元小結・両国)から檄が飛んだ。
9月場所では初日から11連勝の快進撃を見せ、12日目に若隆景に敗れたものの13日目の琴櫻戦で「三役で直近3場所33勝」を達成する12勝目を挙げた。14日目の豊昇龍戦で勝って13勝目を挙げ、千秋楽を待たずに5月場所以来2場所ぶり、2度目の優勝を決めた。同時にこれにより、昭和以降最速となる初土俵から所要9場所での大関昇進を確実とした。三賞は敢闘賞と、左からの攻めに成長が見られるという理由から技能賞を獲得。新入幕から5場所連続の三賞受賞で、自身が持つ新入幕からの連続受賞記録を更新した。この場所の優勝により初土俵から9場所目にして既に師匠の二所ノ関の幕内優勝実績(2回)に並んでいる。千秋楽(22日)には阿炎に引き落とされ2敗目となり、13勝2敗で場所を終えることとなり、それには表彰式で「勝って(場所を)締めたかったんですけど……」とのコメントを残したが、同日審判部は大関昇進を諮る臨時理事会の招集を八角理事長に要請し、理事長がこれを受諾したため、事実上大関昇進が確定した。
1月場所の初日前日の11日、両国国技館で行われた優勝額贈呈式に出席した際、初めて大銀杏を完全に完成させた形で結った姿を披露した。その1月場所の初日は翔猿に引き落とされ、自身が大銀杏で取った初の相撲を白星で飾れなかった。翌2日目には霧島を押し出して大銀杏で初白星を挙げた。しかし5日目までの3敗が響き、最終結果は10勝5敗と2桁勝利は達成したが、優勝争いには絡めなかった。
3月場所は千秋楽の取組前時点で髙安と共に11勝3敗の快進撃で、千秋楽の本割で琴櫻に勝って12勝3敗とし、共に本割で勝って12勝3敗とした髙安との優勝決定戦を制し、師匠の二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)を超える3度目の優勝を達成した。大関の地位で優勝したため、翌5月場所の成績いかんによっては昭和以降で最速となる7月場所での横綱昇進が期待される。
5月場所は初日から黒星なしで13日目で大関・琴櫻を破って2場所連続優勝を果たし、横綱昇進に向け大きく前進した。13日目で優勝するのは白鵬以来10年ぶり、日本出身力士による2場所連続優勝は稀勢の里以来8年ぶり、大関での2場所連続優勝は日馬富士以来13年ぶり、という数多くの実績を果たした。千秋楽では結びの一番で豊昇龍に上手捻りで転がされるという内容で敗れたため、この場所は14連勝、場所跨ぎで数えると16連勝で止まる形となり、14勝1敗で場所を終えたが、審判部の高田川部長が八角理事長に横綱昇進を諮る臨時理事会の招集を要請し、これが了承された事から大の里の横綱昇進が確実となった。表彰式インタビューでは「最後負けてしまったけど、(優勝できて)うれしいです。全勝優勝したかったけど、次に頑張ります。来場所も大事になってくるので、しっかり準備したい」とコメントし、次の7月場所に思いを馳せていた。またそれと共に横綱昇進については、「水曜日(28日)にいい知らせが聞けるように待ちたい」とコメントしていた。26日の横綱審議委員会で、僅か6分の審議で委員9人の全会一致で第75代横綱に推薦され、事実上横綱昇進が確定した。そして28日に開かれた番付編成会議と臨時理事会で、正式に横綱昇進が決定。初土俵から所要13場所での横綱昇進は昭和以降羽黒山と照國の16場所を抜き最速かつ年6場所制以降は輪島の21場所を抜いて史上最速となる。また、石川県出身の横綱は輪島以来52年ぶりであり、学生相撲出身横綱も同じく輪島以来2人目ということになった。また横綱土俵入りの形は師匠と同じ『雲竜型』を選択した。
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