相撲部屋情報 
山響部屋

山響部屋

部屋名
山響部屋
師匠
山響 謙司 (やまひびき)
しこ名
前頭筆頭 巌雄 (がんゆう)
所属力士数
13 名
主要力士

公式ページ
https://yamahibikibeya.com/

住所

日本、〒136-0074 東京都江東区東砂6丁目6−3

その他の情報

1985年(昭和60年)1月場所限りで現役引退した三保ヶ関部屋所属の横綱・北の湖は、一代年寄・北の湖を襲名し、同年12月1日に三保ヶ関部屋から分家独立して北の湖部屋を創設した。

初関取は1991年(平成3年)11月場所における太晨で、以降14人の関取を輩出した。長らく三役力士が誕生しなかったものの、2012年3月場所において臥牙丸(木瀬部屋から移籍)が小結に昇進し、部屋創設から27年にして初の三役力士となった。

2006年6月24日には北の湖の弟弟子であった13代二十山(元大関・北天佑)の死去による二十山部屋の閉鎖に伴い、所属力士11人と呼出1人を引き取った。

2008年に発覚した大相撲力士大麻問題では、十両・白露山の大麻取締法違反の容疑で、同年9月2日深夜から3日未明にかけて警視庁の家宅捜索を受け、同年9月8日には白露山が日本相撲協会からの解雇処分を受けた。

2010年5月29日には三保ヶ関部屋の弟弟子にあたる11代木村瀬平(元幕内・肥後ノ海)の不祥事により木瀬部屋が閉鎖処分となったことに伴い、同年5月31日に11代木瀬および所属力士27人を引き取った。これにより北の湖部屋は所属力士47人(番付外1人含む)となり、この時点で全相撲部屋中最多の力士が所属する部屋となった。2012年4月1日には木瀬部屋の再興が認められ、北の湖部屋の部屋付き親方となっていた11代木瀬と力士26人が再び木瀬部屋へと移籍した。この時、閉鎖期間中に北の湖部屋へ入門した常幸龍らも移籍した。

2013年1月には、部屋付き親方である26代小野川(元幕内・北桜)が9代式守秀五郎を襲名して式秀部屋を継承した。

2015年11月場所13日目の同年11月20日に師匠である北の湖が急逝してしまう。これを受けて日本相撲協会は本場所実施中の緊急措置として、千秋楽までは部屋付き親方である20代山響(元幕内・巌雄)を師匠代行とし、所属力士たちが北の湖部屋の力士として出場することを認めた後、同年11月30日に理事会において20代山響が部屋の師匠に就任することを承認した。これに伴い、同日に部屋の名称が山響部屋へと変更され、幕内・北太樹など所属力士16人・行司2人・呼出3人・床山1人はそのまま山響部屋の所属となった。

山響部屋となって当初、部屋の施設は北の湖部屋のものを使用しており、以前の北の湖部屋の看板は稽古場に掲げられていたが、2017年4月29日に移転した。

 

ウィキペディア(Wikipedia)より

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