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相撲力士情報 
栃丸

栃丸

力士名
栃丸 正典(とちまる まさのり)
所属部屋
春日野部屋
本名
長谷山 正典
しこ名履歴
長谷山 → 栃丸
番付
西十両十三枚目
生年月日
1992/08/26
出身地
東京都練馬区
身長
172.0 cm
体重
152.0 kg
得意技
押し

その他の情報

長谷山少年は、9歳年上の兄が相撲をやっていたため、幼少期より地元の相撲道場(石泉相撲クラブ)へ通って相撲の稽古を積んでいた
練馬区立大泉学園小学校4年次にはわんぱく相撲全国大会でわんぱく横綱のタイトルを獲得し、東京都教育委員会から表彰を受けている。わんぱく横綱のタイトルは5年次には獲得できなかったが、6年次の大会では坂元元規(現在の大奄美)に勝って再び獲得し、団体戦でも東京選抜チームとして出場し優勝している。練馬区立大泉学園中学校2年次には東京都の陸上競技大会で砲丸投げの8位入賞など、相撲以外のスポーツでも実績を残している。また、小学校4年次から中学校3年次までは相撲と並行して部活動やクラブチーム(FC大泉学園)でサッカーにも親しんでいたが、これは相撲に必要な足腰を鍛えることが目的であった。しかし、相撲では地元に稽古相手がいなくなってしまったことが災いして全国レベルでの活躍をすることができなかった。中学卒業後は、東京都立足立新田高等学校の相撲部監督から声がかかり同高校に進学した。高校時代には教育実習に来た高校の先輩・明月院秀政(現・千代大龍)に胸を出してもらったこともある。

高校卒業後は大相撲へ進むことを決意し、春日野部屋へ入門した。身長が当時の新弟子検査合格基準(当時は身長173cm以上が合格基準の1つであった)を満たしていなかったため、第二新弟子検査(現在は廃止)を経由して入門している。新弟子検査が、本場所が中止になるほどの大問題となった大相撲八百長問題が解決しないまま行われており、春日野部屋付き年寄の22代竹縄も関与が疑われていたことから、検査時は固くガードをされて受検した

初土俵同期は、高校の4学年先輩で幕下付出での入門となった千代大龍のほか、照ノ富士、常幸龍、力真、明生らがいる。2011年5月技量審査場所で初土俵を踏み、前相撲は2連勝で一番出世となった。初めて番付に四股名が載った同年7月場所は序ノ口で3勝4敗と負け越したが、続く9月場所では最初の2番を休場した後で5連勝をして、5勝0敗2休で自身初めての勝ち越しとなった。その後は順調な出世となり、2013年1月場所で幕下に昇進した。この場所から、四股名を「栃丸」に改めた。その後はスランプで2度の三段目落ちを経験したが、2014年11月場所以降は幕下に定着した。2015年9月場所では十両昇進も見える幕下15枚目以内の地位についた。2016年1月場所では、7戦全勝なら十両に昇進できる東幕下13枚目の番付で初日からこの場所の幕下で唯一となる無傷の6連勝としたが、十両昇進と全勝優勝のかかった13日目の7番相撲で照強に敗れて、十両昇進はできなかった。しかし、6勝1敗の8人によりトーナメント形式で行われた幕下の優勝決定戦では、準決勝で同部屋の元十両栃飛龍を倒し、決勝でも宇良に勝って、自身初の各段優勝となる幕下優勝を果たした。2018年1月場所は1勝6敗に終わったが、場所後のコラムでは部屋の若者頭である栃乃藤から稽古量の豊富さと真面目さを評価されており「あとは十両に上がってやるという強い気持ちを持つこと」と言われた。2015年頃から膝の調子が悪く、2018年9月場所終了時点では階段の昇降もきついほど。突き押しには下半身の踏ん張りが不可欠であり、本人も「相撲のスタイルを変えるべきなのかと思う」と苦悩している

部屋の関取の碧山の付け人でもある

ウィキペディア(Wikipedia)より

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