相撲部屋情報 
中川部屋

中川部屋

部屋名
中川部屋
師匠
中川 憲治 (なかがわ)
しこ名
前頭十四枚目 旭里 (あさひさと)
所属力士数
9 名
主要力士

公式ページ
http://nakagawabeya.jp/

住所

日本、〒212-0055 神奈川県川崎市幸区南加瀬5丁目7−2

その他の情報

中川部屋は、時津風一門の相撲部屋で、その前身は春日山部屋(かすがやまべや、伊勢ヶ濱一門)である。

2017年1月26日に日本相撲協会は春日山部屋から追手風部屋への一時預かりとして移籍して現役を続行していた力士9人および世話人1人・行司1人・呼出1人・床山2人を率いる形で、15代中川が追手風部屋から分家独立することを承認した。

分家独立に際しては年寄名跡・春日山への名跡変更は行わず、部屋名はそのまま中川部屋となり、2016年12月に15代中川が伊勢ヶ濱一門から時津風一門へ移籍したことに伴い、中川部屋は時津風一門の所属となった。

15代中川が部屋の継承をした背景には20代春日山が一門の同期生という大切な仲間であったという事情があったという。

 

<旧・中川部屋>

大正時代に雷部屋の部屋付き親方である7代中川(元幕内・鬼鹿毛)が分家独立して中川部屋を創設した。7代中川は幕内・綾鬼らを育てたものの、1931年(昭和6年)1月に7代中川が死去したために、力士たちは同じ雷一門に所属する武蔵川部屋に引き取られた。この中に、後に幕内力士となった三熊山がいた。

その後、中川の年寄名跡は立浪一門へ移り、1937年5月に立浪部屋の部屋付き親方である8代中川(元幕内・吉野山)が立浪部屋から分家独立して中川部屋を創設したものの、同部屋は1947年6月に閉鎖された。1960年5月には立浪部屋の部屋付き親方である9代中川(元幕内・清恵波)が中川部屋を再興したものの、同部屋は1973年3月に閉鎖された。

 

ウィキペディア(Wikipedia)より

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